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ウィルにリングルを貸してから二週間。
ウィルの体調はかなり良くなった。
三回様子を見に行ったけど、その度にウィルの具合が良くなっていった。
大丈夫そうだ。見た目は。
体の傷は良くなったけど、心の傷は分からないという意味だ。
心の傷は油断大敵。
何かの拍子で再発しかねない。
全快するには、かなりの時間が必要だろう。
で、この二週間俺は何をしていたのかと言うと、やることがないから働いてた。
ウィルからリングルを返して貰うまで街から離れられない。
ウィルにリングルを貸してことを後悔していないけど、体動かしてないと落ち着かない。
というワケで、宿屋のポケモンに頼んで働かせて貰っていた。
ちなみに金がないワケではない。
むしろ有り余ってる。
これまでもやることがない時は働いていたけど、金を使う機会が宿屋に泊まった時くらいなものだから貯まる一方なのだ。
働く以前にも、ダンジョンで拾ったいらないアイテムとか結構売ってたりするし、すでに普通のポケモンなら一生遊んで暮らせるくらいには貯まっている。
ノワルーナを引き取ってからは多少使ってるけど。
それは別にいい。
問題なのはウィルにリングルを貸したあの日以来、ウィルのことが頭から離れなくなったことだ。
本当に頭から離れない。
気が付くとウィルのことを考えている。
また眠れなくなっていないかなーとか、食事ちゃんと摂れてるかなーとか。
ただ心配なだけで、ここまで考えるか?
意味が分からない。
あまりにもウィルのことが頭から離れないから、本当は毎日様子を見に行きたい。
流石にそれは迷惑だろうからしないけどさ。
「ゼフィラ。そろそろ約束の時間じゃない?」
「へ? ああ、そうだな」
今日はウィルの用心棒をする約束をしていた。
買い物がしたいけど、まだ怖いそうだ。
一瞬迷ったんだけど、引き受けることにした。
迷った理由は、ウィルがもし危険な目に遭った場合、俺が動いたことで相手を殺してしまうんじゃないかと思ったからだ。
咄嗟に動いた時、もしかしたら手加減できないかもしれない。
俺が手加減なしで攻撃すると"シユウの一族"でない限り大体ワンパンなんだよな。
実際ただのパンチで相手の頭ぶっ飛ばしたことあるし。
ウィルはまだ不安定な状態だろうから、そんなショッキングな光景見せられない。
用心棒するどころか、ウィルに別の恐怖心を与えかねない。
"シユウの一族"の身体能力二倍+三剣士、三聖獣の修行を受けたことによる身体能力強化+レベル100だもんな。
そりゃ普通のポケモンならワンパンだわ。
「ありがとうノワルーナ。行ってくる」
「いってらっしゃい」
大丈夫大丈夫。
咄嗟に動かなきゃいいんだ、咄嗟に。
冷静に対処すれば威圧と殺気放つだけで大抵なんとかなる。
俺が本気で威圧と殺気放つと、気の弱いポケモン気絶するからな。
最悪ショック死とかもあり得る。
…あれ? もしそういう事態になったら、結局ウィルを怖がらせることにならないか?
積んでね?
俺が用心棒するの難易度高すぎだろ。
なんて考えているうちに調査団に到着。
玄関にいたムクホークに頼んでウィルを呼んで貰った。
少し待つとウィルが緊張した面持ちでやって来た。
やはり久し振りに外出するから相当緊張しているみたいだ。
ウィルの緊張を解そうと、軽く頭を撫でる。
すると、ウィルは安心したのか笑った。
ちょっと前まで笑ってもぎこちない感じだったのだが、大分回復したものだ。
ウィルが落ち着いたのを確認すると、大通りへ向けて出発した。
……しかし、ウィルがめっちゃ俺のことを見ている。
「なんだ? ジロジロ見たりして」
あまりに見てくるので、思わず尋ねた。
「いいえ、ゼフィラは本当に綺麗だなーと思いまして……あっ」
それを聞いて硬直してしまった。
俺が綺麗?
ないないない。絶対にあり得ない。
穢れているの間違いだろ。
「…ウィル、前から言おうと思っていたんだが、俺は綺麗じゃないぞ」
「綺麗じゃないですか」
「はぁ? 何処が?」
「まず、黄金の波導が綺麗ですし、逞しく引き締まった筋肉も美しい。まさに肉体美です。それを引き立てるような黒色の模様もそうですし、赤い毛並みもとても綺麗です。今だってその毛並みが太陽の光に照らされて鮮やかに輝いていたから見とれていたんです。私はゼフィラの顔を見る時、必ず見上げる形になってしまうのですが、その時に見える全体のスタイルも綺麗ですよね。それでいて紫水晶の瞳は、それに負けないくらいの美しさがあります」
「え? ちょっ…」
ウィルが俺が綺麗だと思うところをズラズラと言い始めた。
頭が真っ白になる。
瞬時に理解ができない。
「それから、綺麗ではなく可愛いという表現に変わりますが、時折見せて下さる笑った顔はとても愛らしく、ずっと見ていたくなりますね。小さな耳も可愛いし、掌(てのひら)の肉球も可愛い。後は…」
「ま、待て待て! もう言わなくていい!」
やっとウィルが言っていることが理解できた。
できたんだけど、その瞬間一気に顔が熱くなる。
は、はぁ!? 綺麗だけじゃなくて可愛い!?
ウィルの目にはそんなふうに見えてたのか!?
「あ、その尻尾も可愛いですよね」
「だからもういいって言ってるだろ!」
ウィルの顔はマジだった。
本気でそう思っているらしい。
羞恥心で顔が更に熱くなる。
「ふふふ、照れていらっしゃる顔も可愛いですよ」
「だ、か、ら! もう言うなって…」
羞恥心のあまり頭が回らなくなってきた。
今、自分がどんな表情をしてるのか分からない。
ウィルを直視できない。
チラリと横目でウィルを見ると、ウィルがニコニコしながら俺を見ていた。
「…今また可愛いとか思っただろ?」
「はい、思いました」
「いやいや、おかしいだろ!? 進化前なら分かるけど、ガオガエンの姿が綺麗とか可愛いとかお前正気か!?」
進化前ならそう言われるのは分かる。
でも今の姿でウィルが言うような要素なんかない!
そう思っている同種がいたら申し訳ないが、断言できる!
「私は至って正気ですよ。失礼ですねゼフィラは」
「しつ!? …も、もういい。好きなように考えてくれ…」
なんかもう駄目だ。
ウィルの押しが強すぎる。
「はい、ではお言葉に甘えさせていただきます。甘えるついでに先程言えなかった続きを言ってもいいですか?」
「いや、止めてくれ…頼む。流石に頭が沸騰しそうだ」
ていうか、もう爆発するんじゃないかと思うくらいです。
「やっぱり言われ慣れていませんか?」
「当たり前だろ。カッコいいくらいなら言われたことあるけど、綺麗だとか可愛いなんてニャビーの時以来ねぇよ!」
ぶっちゃけ、カッコいいと言われることもほとんどないけど。
威圧を発していたせいもあり、9割が「怖い」だからな。
「ニャビーがガオガエンの進化前ですか?」
「俺の種族は三段階進化なんだ。ニャビー、ニャヒートと進化して最後がガオガエン」
「ニャビーの時のゼフィラは可愛いかったですか?」
「あー…。た、多分…それなりには…」
母さんと、母さんの親友に言われるのが主だったけど一応。
うぐぐ…。無理だ! これ以上この話続けたら本当に沸騰する!
「この話止めていいか? ていうか無理! もう限界! 駄目だ、恥ず、かし…ぃ…」
「分かりました。では心の中で思うだけにします」
素直にそう言うと、ウィルは話を止めてくれた。
……表向きは。
「本当はそれも止めて欲しいんだけど、まぁいいや。さっきそう言っちまったし…」
とりあえず、ホッと胸を撫で下ろす。
羞恥心で大変なことになってるけど、意外な発見があった。
「はぁー…。しかし俺、恥じらう心はまだ残ってたんだな。それもなくなったもんだと思ってた」
母さんが凄い恥ずかしがり屋で、俺も母さんに似てかなりの恥ずかしがり屋だった。
でも、それは昔の話。
そう感じることもなくなっていたから、他の感情と同じく消えたのだろうと思っていた。
「え?」
それを聞いてウィルの顔色が変わった。
一瞬で笑みが消える。
「ゼフィラ、それは一体…」
「あ、ああ、すまん。俺長い間ずっと一人でいたから感情が欠けているみたいでよ。自分の気持ちにも、誰かの気持ちにも鈍いんだ」
鈍いよりは感じないのほうが近いかな。
怒りや憎しみは感じるけど、嬉しいや悲しいは正直あまり感じない。。
ノワルーナが泣いていても、何故泣いているのか分からないし。
「ゼフィラは、感情が欠けたそのままの状態でいいのですか?」
「別に困ってないし、今更取り戻そうとは思わない。困ってないって事はいらないものなんだろうからな」
そんな暇があるならシユウを完全に倒す方法探す。
困っていないことになんか時間使えるか。
「どのような感情でもいらないものなんてありません。確かに感じてしまうと苦しい感情もありますけど、それでも何も感じない人形よりずっとマシです」
ウィルが複雑な表情で言った。
なんだ? その表情。
さっぱり分からん。
「何も感じなくていいよ。俺にはそんなもの感じている時間なんか必要ない」
最初の頃なんか感情があるせいで逆に苦しかったし、余計なことで悩む必要がない今の状態のままでいい。
すると、ウィルの雰囲気がガラリと変わった。
「…ゼフィラ」
「ん?」
「いやー、ゼフィラって本当に綺麗ですよねー。さっき言い損ねたんですけど、頬のふっさふさの毛並みも素敵です」
「え!?」
ウィルが突然、さっきの続きを言い始めた。
「あぁ、でもあまりにふさふさですので可愛いとも言えますね。そう、可愛いと言えばゼフィラが本を読んでいる姿も可愛いですね。ギャップ萌えというものでしょうか、最初は驚きましたけど今ではとても可愛く感じます」
「ちょっと待て! もうこの話は止めろって言っただろ!?」
落ち着いて来ていた羞恥心がまた復活してきた。
再び顔が熱くなる。
「ナンノコトダカ、サッパリ分カリマセンネ」
「いや、分かるだろ! なんで掘り返すんだよ!」
「うん、やっぱり照れていらっしゃる顔も可愛いですよ」
「だから止めろって言ってるだろ!」
「何故止めなければいけないんですか? 今し方ゼフィラは何も感じなくていいとおっしゃられたのですから、私が言っていることに関心などないのでしょう?」
「うぐ!?」
た、確かにそうだ。
ということはこれ、さっき俺が言ったことに対する仕返し?
でもその仕返しが可愛い攻めとは予想外だった。
無関心通せるかこれ?
「そうですね、仕草も可愛いです。ゼフィラって気まずくなると頭を掻くクセがあるみたいですし、それも可愛い。あ、そういえば抱き締められている時に気付いたんですけど、ゼフィラってちゃんと清潔にしていらっしゃいますよね。毛並みツヤツヤですし、いい匂いもしましたからゼフィラ結構綺麗好きですよね。見た目そうは見えませんけど、これもまたギャップ萌えの一つですね」
クセが分かるなんて、よく見ていらっしゃる。
じゃねーよ!
無関心通そうとしたけど無理だ!
「あ…あの、本当にもう止めてくれ…」
「それとノワルーナから聞いたんですけど、ゼフィラって眠るとき丸くなるんですよね? それも可愛いですよ」
「ノワルーナァァァァアアアア!!! アイツ何喋ってんだよ! ふざけんな!!!」
ノワルーナとウィルは結構仲良いから、世間話してても不思議に思わなかった。
そんなこと話してたのかよ!
「その反応だと本当に丸くなって眠るんですね、ちょっと半信半疑でしたけど。大きくなっても猫ですね、可愛いです」
「ウィル、マジで止めてくれ! 頼む!」
「ゼフィラは何も感じないのですから、無視していればいいじゃないですか。それで問題ないのでは?」
「無視したくても出来ねぇんだよ! 聴覚が良すぎるから耳を塞いでも意識逸らしてても聞こえるんだ! だから止めてくれって!」
恥ずかしさの余り、自分が何を言っているのか分からなくなってきた。
無視したいのに、何故か聞いてしまう自分がいる。
もう羞恥心が振りきれてるから止めてー!
「恥ずかしさの余り、パニック状態になるゼフィラも可愛いですね。ずっと見ていたくなります」
「あーー! 分かった、前言撤回するから! お願いだから止めてくれ! いや、お願いします本当に止めてください! 俺が悪かった、だからもう勘弁してくれ…」
ついに限界に到達した。
いや、間違いなく突破したわこれ…。
体に力が入らずへたりこんでしまった。
頼む。なんでも言うこと聞くから、もう可愛いと言わないでくれ…。
そう言ったら、ウィルと「もう心をないがしろにしない」と約束することになった。
回避しようとしたんだが、可愛い攻撃に堪えられず了承してしまった。
負けた。完全敗北である。
何故だろう。
実力では絶対に負けないのに、こういう土俵ではウィルに勝てる気がしない。
年齢で言えば、俺にとってウィルなんて子供みたいなものなのに意味が分からない。
◇◆◇◆