◇◆◇◆
ノワルーナに見失った"シユウの一族"の捜索を任せて、俺は体を休ませる。
しかし、衰弱する度に回復が遅くなっている気がする。
それだけ魂の力がなくなっているんだろうけど。
後どれくらい持つのだろうか?
「……ん?」
突然"シユウの一族"の存在を感知した。
だが、すぐに消えた。
なんだ? 今の反応。
もしかして、シユウとの魂の繋がりを一瞬だけ復活させ、すぐに切ったとか?
なんのために?
んー……分からん。
最近"シユウの一族"がどんな行動をしようとしているのか、まるで掴めない。
はぁ…。考えても分からんことで悩んでても仕方ないか。
今は体力の回復に専念しよう。
一先ず俺はまた眠りについた。
昼近くにバチっと目が覚めた。
また"シユウの一族"の存在を感知したからだ。
しかし、さっきと同じですぐに消えた。
でもさっきよりも距離が近いからか、うっすらとだがまだ感じる。
感覚を研ぎ澄ませると、【紅葉の洞窟】の近くだと分かった。
ミーレタウンからは歩いて一時間くらいの場所にあるダンジョン。
"シユウの一族"の脚ならあっという間に着く距離だ。
不味いな。こっちに来ているのかもしれない。
体は……問題なく動くな。
もう戦闘可能の状態だ。
いつ来てもいいように身構えておく。
しばらく待っていると、別の気配を感じた。
……自分で自分に引いた。
その気配はウィルのものだったからだ。
まだ大分離れてるのに、なんでウィルの気配だって分かるんだよ。
おかしいだろ。
ノワルーナの気配だって、ある程度近付かないと分かんないのに。
段々と気配が近くなる。
どうやら、ウィルはこちらに近付いて来ているらしい。
「あぁ、こっちに来るのか……は?」
いやいやいや、何そわそわしてんだよ。
俺のところに来るとは決まってないだろ!
気配の動く早さから走ってるみたいだし、急いでるみたいだからないない!
などと考えていると、マジでウィルが俺のところに来た。
扉が勢いよく開かれる。
「ゼフィラ!」
ウィルは酷く汗をかいていた。
表情にも焦りが見える。
余程急いで来たらしい。
「どうかしたのか?」
「休んでいるところ申し訳ありません。実は"シユウの一族"と対峙してしまって…」
何? "シユウの一族"と?
その名前を聞いて自然と体が戦闘体制に入る。
ふと、ウィルが怯えているのに気が付いた。
「…あ。ああ、すまない。ちょっと威圧が漏れたか。場所はどこだ?」
どうやら戦闘体制に入ったことで威圧を発していたらしい。
ウィルがこれ以上怖がらないように、威圧を抑え込む。
「えーと…【紅葉の洞窟】とミーレタウンの丁度中間辺りです。バンギラスとボスゴドラが"シユウの一族"に追われていて、こちらへ逃げる途中だったみたいで。今ノワルーナが時間を稼いでくれています」
なるほど。多分ノワルーナはたまたま遭遇したんだろう。
急がないとな。
ノワルーナもある程度"シユウの一族"と戦えるけど、一族のレベルが50を超えていると厳しい。
それにしても……。
「…さっき感知したところから大分離れているな。やっぱり繋がりを切られていると正確に感知は難しいか」
「え?」
思わずその声が漏れた。
それを聞いたウィルの表情が曇る。
「貴方は…何者なのですか…?」
ウィルが思いきって聞いてきた。
「お前のその質問には答えられない。というか言えないし、言うつもりもない」
「それは、貴方が100年前の英雄だから…ですか?」
やはりほぼ確信しているか。
これ以上隠すことはできなさそうだ。
「もし知りたいのなら、俺の戦いを見ろ。それを見て本当に知りたいと思った時にまた同じ質問をしてくれ。ただし、覚悟がいる。知れば二度と後戻りは出来ない」
もう、こう言うしかなかった。
ウィルに知られるのは嫌だけど、他に選択肢はない。
「移動しながらでいいから考えてくれ。今は案内を頼む。繋がりを切られてて感知出来ないから」
「…分かりました」
今はとにかくノワルーナの元へ行かなくてはならない。
多分時間を稼ぐのに精一杯だろうし、急がなくては。
しかし、ウィルに知られることになるのか…。
ウィルのことだから、見ることを選択するだろうけど。
……もういい。
こうなったら逆に嫌われるくらいのことをしよう。
いっそ、とことん嫌われて怖がれたほうが清々しい。
その方がウィルを巻き込まずに済む。
隠すことなく、今まで通り戦おう。
……でも、何故だ?
「化け物」だと言われることには慣れている。
なのにウィルに「化け物」だと、言われた時のことを想像したら胸を引き裂かれたような痛みが走った。
なんでこんなに痛いんだ?
理由は分からないけど、とにかく苦しかった。
◇
……気持ち悪い。
酷い目眩と不快感が襲ってくる。
いくら吐いても吐き気が治まらない。
「ゼフィラ、何かして欲しいことはありますか?」
チャーレムとの戦いの後、二度Z技を使った反動で俺は動けなくなった。
本当は宿屋に着くまで伏すのは我慢するつもりだったけど、ウィルに「苦しかったら苦しいと言っていいんですから」と言われた瞬間、体の力が抜けてしまった。
「…大、丈夫。時間が経てば…治るから…」
ウィルが心配そうな顔で見つめてくる。
時間が経てば治るハズだからそう言っても、ウィルの表情は変わらない。
ウィルから見て、今の俺の状態は相当悪いもののようだ。
「でも…ちょっとだけ、そのまま背中さすっててくれるか?」
前回と違ってウィルが触れてくれているのは分かる。
目眩と不快感で気分は最悪だけど、ウィルが触れてくれている箇所だけは不思議と心地いい。
「少し楽になりますか?」
「うん」
「ならちょっとと言わず、ずっとさすって差し上げますね」
ウィルは少しでも俺の気持ちが楽になるように、手を休めず背中をさすってくれた。
ウィルは察しがいいから、きっと俺の正体に気付いている。
なのに、ウィルは俺の側から離れようとしない。
最初は無理して側にいるのかと思ったが違う。
ウィルは自分の意思で側にいてくれている。
それがとても嬉しかった。
でも、ウィルだって疲れている。
ここにたどり着けるよう、俺に自分の波導を分けてくれているから疲弊しているハズ。
だからウィルが安心して休めるように早く回復して欲しい。
しかし、その思いとは裏腹に目眩と不快感は時間が経過で更に酷くなる。
もう目を開けていられない。
ウィルを不安にさせたくないのに…。
「ウィル、…無理なこと頼んでもいいか?」
「はい、なんでしょう」
「またあの歌ってくれるか? 『鍵なる歌』だっけ…」
本当は頼みたくなかったけど、最終手段をとった。
疲れているウィルに無理をさせたくない。
でも、これ以上悪くなってウィルを不安にさせるくらいなら…。
あの歌を聴いていると、何故か落ち着くんだよな。
「ええ、いいですよ」
「悪いな、お前も疲れてるのに。あの歌聴いてるとなんか落ち着いてな…」
「そんなこと気にしないで下さい。私に出来ることなら何でもしますから」
「こら。女の子が男に何でもします、なんて言うんじゃない」
「ふふ、安心して下さい。ゼフィラにしか言いませんので」
「えー?」
なんか納得いかないけど……ウィル本気で言ってるのかな?
うん、深く考えないでおこう。
ウィルが『鍵なる歌』を歌ってくれた。
…やっぱり落ち着くな。
しばらくすると、吐き気が僅かだが治まった。
ウィルがその瞬間を見逃さず、すぐに薬を飲ませる。
薬が効いたのか、目眩と不快感が消えていく。
目眩と不快感が消えたことと、ウィルの歌を聴いて気持ちが楽になったのが重なり、俺は自然と眠りについた。
◇
明け方近くに目が覚めた。
まだ空は薄暗い。
夜が完全に明けるまでまだかかりそうだ。
もう少し眠ろうかと寝返りをうつと、ウィルが俺のすぐ側で眠っていることに気が付いた。
「(……なんでここで寝てるんだ?)」
不思議に思っていると、ウィルは寝苦しそうな顔で体を丸めて眠っているのが分かった。
……寒いんだよな? 震えてるし。
そこまで無理して側にいなくてもいいだろうに。
このままでは風邪を引いてしまうなと思い、起こさないようウィルに近付き、体全体を覆うようにして抱き締めた。
うわー。体冷えきってるじゃねぇか。
起きろよ、マジで風邪引くぞ。
抱き締めるだけでは足りないかと思い、俺が被っていた毛布もかける。
しばらくすると冷えきっていた体はすっかり温かくなり、ウィルはさっきの寝苦しそうな顔から一転、穏やかな寝顔になった。
もう大丈夫かな。
じゃあ俺ももう一眠りするか。
ウィルを抱き締めたまま、俺は眠りについた。
数時間後、ウィルが起きたのを感じ取って目を覚ました。
「…あぁ、起きたか。おはようウィル」
「は、はい。おはようございます」
なんか真っ赤な顔してるけど大丈夫か?
熱は……ないな。
なんで真っ赤な顔してるのか分からないけど。
「…風邪は引いてなさそうだな」
「は、はい?」
「いや。明け方に目を覚ました時にウィルが震えながら丸くなって寝てたから、寒いんだなと思って抱き寄せたんだ。そしたらすぐに震えが止まったから、そのまま俺も寝たんだけど。大丈夫そうで良かった」
覚えていないだろうと思ったが、どうやら心当たりがあるらしい。
焦った感じで、あたふたしていた。
その動作がめちゃくちゃ可愛く感じた。
いや、本当に可愛いな。
「あ、ありがとうございますゼフィラ。私は先に起きますね」
「疲れがとれていないだろ? もう少し寝てていいぞ」
「私は大丈夫です。ゼフィラのほうこそ眠っていて下さい。具合まだ悪いですよね?」
「まぁ目眩や吐き気はないけど、まだ体に力は入らないな」
ウィルをことが気になって確認し忘れてたけど、ある程度回復しているみたいだ。
それを言うとウィルが嬉しそうに微笑んだ。
やっと安心してくれたみたいだな。
「何でゼフィラはウィルを抱き枕にしてるの?」
その声でノワルーナが来ていることに気が付いた。
……? なんか変な顔してるな。
「別に抱き枕にしてたワケじゃないぞ」
「違うんだ。え? まさか事後?」
はぁ!? 事後だぁ!?
何言ってんだ、あの馬鹿!
……と思ったけど、よくよく考えたらこの状況だとそう見えるよな。
寝台で異性が一緒に寝ているんだし。
「…ノワルーナ」
とは言え、これは説教案件だ。
「ごめんごめん。冗談だから」
「冗談でも怒るぞ。俺とウィルが交わったらヤバいだろう」
たとえ間違っても、俺とウィルが交わるなんて絶対あってはならない。
それはノワルーナも知ってるだろうに。
「ゼフィラが"シユウの一族"だから…ですよね」
ウィルのその言葉を聞いて胸がドクンと高鳴った。
……やっぱり気付いていたか。
あぁ…嫌だ。
本当は知られたくなかったのに…。
「…気持ち悪いだろ? お前を傷付けたヤツと俺は同じ力を持っているんだ」
「気持ち悪くなんてありません」
ウィルから離れようとした俺に、ウィルの方から抱き付いてきた。
安心しきった表情で俺の胸に顔を埋める。
ウィルは一切怖がっていない。
"シユウの一族"であろうと関係ないと、態度で示してくれた。
そして、俺はやっとウィルに知られるのは嫌だと感じていた理由に気が付いた。
俺は……ウィルに嫌われたくなかったんだ。
正体を知られたことで拒絶されるのが怖かったんだ。
だから、あんなに嫌だったんだ。
"シユウの一族"である俺をウィルは受け入れてくれている。
それが今まで感じたことがないくらい嬉しかった。
「ありがとう、ウィル」
あまりにも嬉しくて、ウィルを抱き締めた。
なるべく優しく、俺の今の気持ちが伝わるように。
ウィルは俺の抱擁に応えるように、体を委ねてくれた。
それもまた嬉しかった。
「でもガオガエンはメガシンカを持たない種族なのに、何故ゼフィラは一族の力を持っているのですか?」
「さぁな。俺にも分からない。ただ、俺はかなりイレギュラーな存在らしい。あいつらに言わせれば俺は穢(けが)れた異物なんだと」
調べたが、俺のようにメガシンカを持たない種族が一族の力を受け継いだという前例はなかった。
だから俺のような存在が生まれたことは、シユウとっても驚愕な出来事だったらしい。
「今俺が話せるのはここまでだ。もっと詳しく知りたいなら覚悟をしてくれ」
「…やはり昨日ゼフィラが言っていた覚悟とは、この事ではないのですね」
「ウィル。俺がしようとしていることはエンシェント調査団が空白の時代と呼んでいる1000年前の歴史と深く関係している。全て語るためには1000年前の歴史を知る必要がある。そして、1000年前の歴史を知ればもう後戻りは出来ない。ウィルの中にある常識が根底から覆されることになるだろう」
ウィルの顔が引きつった。
それはそうだよな、こんなこと言われれば。
でも事実だし、嘘ついても仕方ない。
怖がらせるように、ちょっと盛って言ったけど。
「夕暮れまで待つから、それまでに決めてくれ。逃げても勿論構わない。ウィルの判断に任せるよ」
本当はウィルを巻き込みたくない。
何も知らず、普通に生きていて欲しい。
そう思ったせいか、ウィルを抱き締める腕に自然と力が入った。
「夕暮れまで待つ必要はありません。話していただけますか?」
しかしウィルは知ることを選択した。
「ウィルいいの? 本当に後戻り出来なくなるんだよ」
「覚悟ならゼフィラが"シユウの一族"だと知った時から出来ています。正直言うと少し怖いですが、でも何も知らないままでいたくありません!」
ウィルの目に強い意思を感じる。
ウィルの覚悟は本物だ。
なら、俺も覚悟を決めよう。
「そうか。分かった」
俺は包み隠さずウィルに話した。
1000年前のことも、シユウのことも、そして自分のことも全て。
◇◆◇◆