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~オメガモン視点~
最初に異変に気付いたのは、偶然白帝城にいた私だった。
任務を終え、イグドラシルへの報告をしようとした時だった。
「……ん? なんだ?」
突然、総司令官の気配が弱くなった。
場所は峯鋼山の麓にある自衛軍の宿舎。
何かあったのだろうか?
総司令官とはもう6000年の付き合いになるが、こんなことは一度も無かった。
時間はなかったが、気になったので様子を見に行くことにした。
白帝城を出てすぐにあり得ないことに気が付いた。
いつもなら数百とある自衛軍のデジモンの気配がない。
全員が出陣しているハズがないのにどういうことだ?
そして宿舎の入り口にたどり着くと、信じられない光景が広がっていた。
「なっ!? 総司令官!?」
なんと、総司令官が血塗れで倒れていた。
一体何があったのか、左胸がひどく抉れ、左腕は胴体と完全に分かれて転がっている。
動揺はしたが、一刻も早く治療しなければ危ないと瞬時に我に返った。
「ドゥフトモン私だ! 今すぐに任務を中断し、自衛軍の宿舎に来てくれ!」
不幸中の幸いか、自衛軍の救護班はドゥフトモンとの任務のためここにいない。
それに割と近い場所で任務をしていたので、10分もかからずにここに来られる。
『どうしたオメガモン。そんなに慌てて……一体何が?』
「総司令官が瀕死の重傷を負っている。何があったのか私にもまだ分からぬが、急いでくれ!」
『!? 分かった!!』
「頼むぞ」
通信を切ると、改めて総司令官の容態を確認する。
"ロイヤルナイツ"だから生きている深手だ。
普通の究極体なら即死だろう。
「総司令官。しっかりして下さい」
傷の範囲が広すぎて、出血を止めることさえ難しい。
意識は完全に失っている。
せめて意識があればエネルギー変換能力で生命維持が出来るのだが、それは無理そうだ。
「オ……ガ、モンさ……」
宿舎のほうから声が聞こえた。
そちらへ顔を向けると、総司令官の部下であるガイオウモンがいた。
しかし上半身と下半身がほとんど分かたれ、皮一枚で繋がっているような状態だった。
まだ意識はあったが、致命傷だ。
この状態から治癒できるものなどいない。
「ガイオウモン。何があったか話せるか?」
ガイオウモンに駆け寄り、声をかける。
この怪我で話させることは酷なことなのは分かっているが、今状況を分かっているものが彼しかいない。
「メガログラウモンが……究極体に進化し、すぐにウィルス種の本能に飲まれ……暴走し、ました」
「メガログラウモン?」
確か総司令官の部下で、ウィルス種の本能が異常に強く、少し頭に血が上っただけですぐに我を失って暴走するから総司令官が目をかけていたデジモンだったか。
私は直接会ったことは無いが……。
「最初は、彼も抵抗していたのですが、10分も持ちませんでした。我らも…な、んとか止めようとしたのですが、全員…暴走した彼に……」
「そうだったのか。……メガログラウモンはどの究極体に進化したか分かるか?」
「……デュークモン、で…す」
「デュークモン!?」
まさか……聖騎士に進化したなら暴走するなど考えられない。
だが、実際にそれが起こってしまっている。
「ウィルス種の本能に、…飲まれた途端、デュークモンの鎧の色が、変わり…ました。恐らくアレはカオスデュークモンです」
「なんだと!?」
カオスデュークモン。
ウィルス種の本能に支配されたデュークモンが変質する姿。
しかし文献によればカオスデュークモンに変質するのは、世界のバランスが崩れた時に発生する特殊なウィルスに感染した時。
今は忙しい時期ではあるが、世界のバランスが崩れた様子は無い。
一体どうして変質したのだ!?
全く分からないが、カオスデュークモンに変質したなら総司令官がやられたのも説明がつく。
カオスデュークモンはデジタルハザードの存在そのものとされる危険なデジモンだ。
凶暴性、危険性共に"七大魔王"以上とされる。
これは一刻も早くなんとかしなければ!
「お願いです。オメガモン様……彼を止めて、くださ…い。彼はとても…くるし…んで……」
「分かった。もう喋らなくていい。今……楽にしてやる」
私は左腕のグレイソードを展開させるとガイオウモンの首をはねた。
ガイオウモンはデータの塵になり、消滅した。
最後、安心したような表情だったのは……彼を私に託せたから……か?
「どこにいる。カオスデュークモン」
ガイオウモンの死を見届けると、直ぐさま行動に移す。
しかし私は彼と直接会ったことが無いから気配を探れない。
突発的な強力な気配を発しているなら会ったことがなくても感知できるが、生憎そんな気配は感じられない。
誰かいないのか。
カオスデュークモンに変質してしまった彼と会ったことがあるデジモンは!
……待てよ。
確かアルフォースが彼とある程度関係を持っていた。
「アルフォース!」
思い立ってすぐ私はアルフォースに連絡をとった。
「急にすまない。実は……」
『分かっている! スレイプモンとメガログラウモンのことだろ!?』
なんと、流石だ。
今回一番白帝城から遠い場所で任務をしていたのに異変に気付いているとは。
私は簡潔に何が起こったのかアルフォースに話した。
『……そうか。連絡しなくて悪かったな。先に着くことだけを考えていたから』
「そんなこと気にせずとも良い。後どれくらいで着ける?」
『俺の翼でも到着に20分はかかるな。一先ずどこからメガログラウモンの気配がするか伝えるぞ』
「ああ、頼む」
『そこから北東に2kmほど進むと小さい集落があっただろ。そこだ。間違いなく襲っている』
「くっ……。分かった。先にそちらに向かう」
『スレイプモンは? さっきから気配が消えそうなんだが……』
「瀕死の重傷だ。総司令官はドゥフトモンと救護班に頼んだから、我らは彼を止めることを考えよう」
『了解』
アルフォースとの通信を切ると私はその集落に向かった。
急がなければ。一分一秒も無駄に出来ない。
ウィルス種の本能に完全に支配されている今の彼は、目に付く者を片っ端から殺している。
早く見つけないと被害者が増えるだけだ。
ものの数分でその集落に到着したが、そこはすでに生きている者の気配がなかった。
遅かったか。
改めてアルフォースに彼の現在地を教えて貰おうとしたその時、「助けて!」という悲鳴が聞こえた。
考えるまでも無い。
彼がいるのはその悲鳴が聞こえる場所だ。
急ぎ悲鳴が聞こえたほうへ向かうと、集落の生き残りであろうデジモン、グレイモンが彼に襲われているところだった。
「止めろ! ウィルス種の本能に支配されるな! 目を覚ませ!」
そんな私の声など一切聞こえていないのか、カオスデュークモンは槍を振り下ろした。
間に合え!
更に速度を上げ、私はカオスデュークモンとグレイモンの間に割って入るように体をねじ込ませる。
そしてマントを大きく広げ、カオスデュークモンの視界を遮った。
槍はそのまま振り下ろされたが、視界が遮られたことで少しスピードが落ちた。
その隙を見逃さず、少々手荒だったがグレイモンを蹴飛ばしてその場から遠ざけた。
私もなんとか体勢を整えて攻撃を避ける。
槍が私のすぐ目の前を通った。
視界を遮るために広げたマントが斬られたが、これくらいどうということはない。
攻撃を避けると蹴り飛ばしたグレイモンの様子を確認した。
切り傷はあるが、そこまで深い傷では無い。
大丈夫そうだ。
「グレイモン動けるか?」
「へ? は、はい。なんとか……」
「では峯鋼山の麓にある自衛軍の宿舎に避難しろ。もうすぐドゥフトモンが到着する。本来、峯鋼山の周囲1km以内に普通のデジモンが入ることは禁じられているが、私にそう言われたと言えば保護して貰える。できるな?」
「わ、分かりました」
グレイモンが覚束ない足取りで峯鋼山に向かって歩き出した。
グレイモンのことはドゥフトモンに任せよう。
私はカオスデュークモンをどうにかしなくてはならない。
イグドラシルにはここに向かう途中で事の顛末は伝えてあるが、まだ指示は無い。
前代未聞のことだからイグドラシルもどうるすべきか分からず考えているのだろう。
今私にできるのはこれ以上被害が広がらないようにすることだけだ。
そのためにはカオスデュークモンと対峙しなくてはならない。
ウィルス種の本能に支配されている今の彼の状態は正しく狂戦士(バーサーカー)。
目に付く者をただ破壊することだけを考える恐ろしい存在。
だからその破壊対象を私だけに向けさせていれば、他のデジモンは傷付かずに済む。
私は右手のガルルキャノンを展開させると臨戦態勢に入った。
しかし、カオスデュークモンの視線は私に向いていなかった。
なんだ? 何を見ている?
そう思った瞬間、カオスデュークモンは凄まじいスピードで走り出した。
避難しようとしているグレイモンに向かって。
まさか目の前にいる私を無視するのか!?
「ひっ!?」
カオスデュークモンの標的が自分だと気が付いたグレイモンは恐怖のあまり完全に腰が抜けて動けなくなった。
私も慌てて追いかけるが、先に走り出したカオスデュークモンに追いつけない。
不味い!!
―ドンッ!
突風が吹いたと同時にカオスデュークモンが何かに吹き飛ばされた。
かなり強い力で吹き飛ばされたらしく、受け身をとるまもなく地面に転がる。
その突風の正体はすぐに判明した。
「アルフォース」
そう、"ロイヤルナイツ"最速の聖騎士アルフォースブイドラモンだった。
「間に合ったみたいで良かった。おい、グレイモン。這ってでもいいから早くここから離れろ。お前には絶対に攻撃がいかないようにするから」
「は…はぃ……」
アルフォースの言葉にグレイモンは再び歩き出した。
とはいえ怯えてしまっているので先程よりそのスピードは遅いが、アルフォースがいれば今度はちゃんと守り切れる。
アルフォースへと視線をやると、息を切らしているのが分かった。
彼が息を切らせているところなど初めて見る。
よほど急いで来てくれたようだ。
「デュークモン……いや、メガログラウモン。俺が分かるか?」
「ぐ……うぅ」
アルフォースが起き上がったデュークモンに語りかける。
わざわざ完全体の時の名前を呼ぶのは、そちらの方が反応すると思ったからだろう。
「……ジャ、マするナ……」
だが、無駄だった。
最早アルフォースのことさえ分からない。
「……イグドラシルから指示は?」
「まだない」
「ということはイグドラシルもどうしたらいいのか分からないんだろうな。前例が無いのだから無理ないけど」
アルフォースがVブレスレットからアルフォースセイバーを展開させた。
その目が鋭く殺気を帯びたものに変わる。
「ウィルス種の本能は竜の本能と違って体が弱ると一緒に弱くなる。だから限界まで弱らせるぞ。今できるのはそれしかない」
「承知した」
私とアルフォースはカオスデュークモンへと向かう。
できることなら命は奪いたくない。
それは最終手段だ。
「行くぞ」
「ああ」
「あ、あ…あアアアアあぁぁあああああ!!!」
先程アルフォースに吹き飛ばされたのが頭にきたらしい。
怨念が籠もったような叫び声が辺りに響き渡った。
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