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孤高の海賊は異世界でヒーローを目指すⅡ

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あれからすぐ手続きをして引っ越した。

前の場所からかなり離れている。

ここまで離れているなら俺達のことを知っている奴はいないだろう。

海からも遠くなってしまったのは残念だが。

そして月日が経ち、俺は6歳になったので小学校に通い始めた。

相変わらず無個性だからと馬鹿にされているが、ふとあることに気が付いた。

いくら個性を持っているからと言っても個々の才能や身体能力は別じゃないかと。

だって見た感じ羽が生えてるだけとか、姿が獣人っぽいだけとか結構いる。

そして大人であろうと子供であろうとそれを使いこなせている奴はいない。

使いこなせているのはそれこそプロヒーローと呼ばれる奴等だけだ。

ということで思いついた手。

 

「うそだろ!? おまえ無個性のくせに何でそんなにはやいんだよ!!」

「はっ、悔しかったらその馬のような足で俺より早く走るんだな」

 

50m走で断トツの一位になり堂々と言い放つ。

公共の場での個性使用禁止というルールを利用して自身の身体能力だけで自分のほうが上だと知らしめることにしたのだ。

まだデジモンの力は使えねぇが体の使い方ならこの世界の誰よりも分かってる。

戦闘経験はピカイチだからな。

運動だけではなく勉学でも一位を取る。

これでいくら俺が無個性であろうと馬鹿に出来ねぇだろ。

あー面白い。

どんなに頑張っても無個性の俺に勝てないと分かった個性持ちの連中の顔が笑えるぜ。

勿論直接攻撃はしていないぞ。

そんなことしたら母さんと父さんに迷惑かけてしまうからな。

…………。

まぁ言いたいことは分かる。

この世界に来てもうすぐ1年。

すっかり俺は宮瀬志乃と宮瀬魁を親として慕っていた。

心の底から信頼している。欠片も疑っていない。

恥ずかしくてまだ母さん、父さんと呼べていないけど。

 

「竜治テストでオール100点なんて凄いじゃないか。先生も褒めていたぞ」

「これくらい普通だろ」

「そんなことないわ。頑張ったのね」

 

両親からぎゅーとされてももう嫌ではない。

むしろ嬉しい。

最近じゃもっと抱き締めて欲しいとも思っている。

両親もそれを察したのか抱き締めてくれる回数が増えた。

そして嬉しいと感じるようになってから俺が本当に欲しかったのってこれなのかと思い始めていた。

だって凄く満足してるから。

何だ。

俺は誰かに愛して欲しかっただけなのか。

それはいくら奪っても満足出来ねぇわ。

物理的に手に入るものじゃねぇからな。

でも何が欲しいのか分からずに手当たり次第奪っていたせいで自分からそれを遠ざけていたという……。

うーん。本末転倒とはこのことか。

 

「竜治、今日お隣さんから立派なキャベツを貰ったからロールキャベツ作るわね」

「何か手伝おうか?」

「じゃあそこにある大きな鍋出してくれる?」

「分かった」

 

テキパキと母さんの手伝いをこなす。

人間のフリもとい子供のフリをするのも前より苦じゃない。

肉体の年齢に精神年齢が引っ張られているのもあるが究極体に進化する前の記憶がないなら、幼年期からやり直すつもりで過ごせばいいんじゃね? と思い直したからだ。

子供らしく甘えることは出来ねぇがなんとかなっている。

 

「きゃあ!!」

「!? 母さん!!」

 

突然母さんが悲鳴を上げて倒れた。

何事かとすぐに駆け寄る。

 

「どうした!?」

「か……」

「か?」

「かえる……」

「は?」

 

母さんが指差す先には確かに蛙がいた。

どうやらキャベツの葉の間に蛙がいたらしい。

 

「ご、ごめんね。お母さん昔道路にいた蛙がひき蛙になる瞬間を見てから蛙が苦手で……」

「? 蛙が蟇蛙になる? どういうことだ??」

 

この世界の生き物は進化して姿が変わることはないハズだが、蛙は進化するのか?

(後にひき蛙の“ひき”の部分が“轢き”であることを知る)

とりあえず葉の間で休んでいただけの蛙を外に逃がした。

 

「ほら、もういいぞ」

「ありがとう竜治。助かったわ」

「別に……ん?」

 

キッチンに戻ると母さんが異様にニコニコしていることに気が付いた。

どうしたんだそんなに笑って。

 

「竜治……」

「何だよ」

「やっと私のことお母さんって呼んでくれたのね! 嬉しいわ!」

「へ? ……あ」

 

そういえばさっき母さんって呼んでた。

咄嗟だったから自分でもそう呼んだの忘れてた。

やっべ! 死ぬほど恥ずかしい!

 

「……部屋で勉強してくる」

「行かせませーん。もう一回お母さんって呼んで♡」

「これから何回でも呼んでやるから今は放してくれ!!」

 

嬉しさのあまり俺に抱き着く母さん。

くっそ! 純粋に喜んでるだけだから振り解けねぇ!

エビドラモンみたく真っ赤になってる顔見られたくねぇのに!

 

「ただいまー」

 

更に最悪のタイミングで父さんが帰ってきた。

不味い。絶対カオスなことになる!

 

「おかえりなさい。お父さん聞いて聞いて! ついに竜治が私をお母さんって呼んでくれたわ!」

「えっ、そうなのか!? じゃあ僕のこともお父さんって呼んで!」

「断る」

「何でぇ!?」

「あら照れちゃって可愛い。ということでこの可愛い竜治は私が独り占めするわね」

「ちょっ!? それはいくら何でも狡いよ! 僕だって竜治のこと愛でたいのに!」

 

勘弁してくれ。

普段は物静かなのに何でスイッチが入るとテンション爆上がりするんだよ。

これには流石について行けねぇ……。

でもやっと呼べた。

今まで呼びたくても呼べなかったからな。

これで少しは家族らしくなれたかな?

 

 

 

 

 

 

「竜治しっかり。ほら、ゆっくり息をして」

「……はっ……ひぃ、ぐ……」

「ちょっと過呼吸気味になってるな。袋取ってくるよ」

 

ただあの変な夢を見るとどうしても心配かけてしまう。

隠そうとしても父さんが気配に敏感だからすぐバレる。

 

「治まってきたかしら。薬飲めそう?」

「う、ん……」

「飲んだらもっと楽になるからもう少しの辛抱だよ」

 

呼吸が整うように母さんがトントンと優しく背中を撫でる。

弱っている姿なんか見られたくねぇのに両親がいるとすがってしまう。

 

「うーん……その時によって出る症状が違うのが厄介だな。いつその夢を見てしまうのか竜治本人にも分からないから事前に対策することも難しいし」

「先生は鉄砲水に飲まれた時の恐怖を体が覚えていて、感覚でその時のことを夢で見ているんじゃないかって言ってたわ。それは怖いわよね。一度死んでいるようなものだもの」

「…………」

 

中らずと雖も遠からず……だな。

この夢はデジタルワールドにいた時から見ていたから。

でも体の記憶も侮れないと実感したばかりだ。究極体に進化する前の記憶がないのは分かっている。

だからこの夢は究極体になる前に経験したことが原因なんだろう。

しかし覚えていないから改善策がない。

……一生これに苦しめられるのかな?

 

「ごめん……父さん、母さん」

「謝らなくていいの。うん、大分良さそうね。お父さん先に休んでて。今日は私が竜治についているわ」

「分かった。何かあったらすぐに起こしてね」

「ええ」

 

明日朝早くから仕事がある父さんは寝室に戻る。

残った母さんは俺に添い寝した。

最初添い寝された時はマジでビックリした。

今は慣れたし何より凄く安心するから俺も母さんにピッタリくっ付く。

 

「大丈夫よ。お母さんが傍にいるからね」

「うん。ありがとう」

 

今のこの状況を数年前の俺が見たら絶句するな。

でも本当に安心するんだよ。すんなり眠りにつける。

こんなに安心するなんて向こうじゃ考えられなかったな。

温かい母さんの愛情を感じながら俺は目を閉じた。

 

 

 

 

 

それから更に月日が経ち、俺は七歳になった。

今日母さんはいない。

遠方に住んでいる友人の結婚式に呼ばれて数日留守にしている。

でもそろそろ帰ってくる時間だから夕食の準備をするか。

昨日電話した時「肉料理が多いから魚料理食べたいのよね」と言ってたな。

 

「ということでスーパーに行ったら新鮮な鯛が売っていたので今日は鯛料理だ」

「すごーい。僅か八歳で鯛一匹捌いて料理出来るとかうちの子って天才かな?」

 

鯛の刺身に鯛の塩焼き、鯛の兜煮、あら汁、鯛の炊き込みご飯とまさに鯛三昧。

母さんの手伝いをしているうちに料理にハマってしまったのだ。

一つの食材が調理法次第で多種多様に変化するのが面白い。

デジタルワールドじゃ料理の種類こんなに沢山なかったからな。

 

「ただいま」

「「おかえりなさい」」

 

調理と片付けを終えた頃母さんが帰ってきた。

父さんと二人でお出迎えをする。

 

「お土産沢山買ってきたわよ。今度竜治も旅行行こうね」

「うん」

「ありがとう。結婚式どうだった?」

「綺麗だったわよ。お母さん感動して泣いちゃった」

 

二日振りに会った母さん。

嬉しくて思わず抱き着いた時だった。

 

――ドクン

 

「……ん?」

 

母さんの腹から何か聞こえた。

 

「どうしたの竜治。寂しかった?」

 

その音が気になって母さんの腹に耳を当てる。

少し前からようやく人間の姿でもデジモンの力が使えるようになった。

とはいえまだ五感の一部を強化したり、ほんの一瞬身体能力を僅かに乗せられる程度なんだがな。

今日は練習がてら聴覚を強化していた。

だからこそ聞こえたんだが……何だこの音。

 

――トク、トク、トク。

 

やっぱり聞こえる。

小さな鼓動のような音が。

 

「そんなに寂しかったの? 竜治も寂しがり屋なのね」

「母さん体何ともないのか? ここから小さい鼓動のような音が聞こえるんだけど」

「鼓動のような音?」

「うん。リズムが一定だから心音っぽいけど」

 

指差す先はへその少し下。

それを聞いた二人は目を見開いた。

あ、不味い。

つい気になって言ってしまった。

普通の人間は体内の音なんて聞こえないのに。

どうやって誤魔化そうこれ。

 

「もう一度訊くよ竜治。ここから心音みたいな音が聞こえるんだね?」

「え? あ……ああ聞こえる」

 

どう誤魔化そうか考えていたら父さんから再確認された。

あれ? 不思議に思わないのか?

無個性の俺が突然こんなこと言ったら不思議に思うんじゃ……。

 

「今の時間病院やってる?」

「ギリギリだね。でも近くに7時までやってるところがあったハズだ。そこに行こう」

「そうね」

「は!? 何で病院!? もしかして俺が聞いたのってヤバい音だった!?」

「違う違う。ちょっと確かめに行くだけだよ。それに予想通りなら悪いものじゃなくて良いものだから」

「へ??」

 

すぐ帰ってくるから待ってて、と言われて仕方なく一人大人しく待つ。

しかし気が気じゃない。全く落ち着けねぇ。

……やっぱり言わない方が良かったか?

でも病気なら早いうちに見つけた方がいいのは確かだし……。

悶々としていると「ただいまー」と二人が帰ってきた。

? 何か行く前よりテンション高いな。

 

「お待たせ竜治! いやー竜治凄いね! お医者さん驚いてたよ!」

「驚いてた? 何の音だったんだ?」

「竜治が聞いたのはやっぱり良い音だったわ。竜治はこれからお兄ちゃんになるのよ」

「は?」

 

お兄ちゃん?

……お兄ちゃん??

え? どういうこと?

 

「つまりお母さんのお腹に新しい命が宿ってるんだ。竜治が聞いたのは胎児の心音だったんだよ」

「新しい命? てことは腹にデジタ……卵があるのか? どうやって取るんだ?」

 

そんな大きなものが腹にあるようには見えないけど。

 

「違うわよ。人間はお腹の中で赤ちゃんを育てるの。今は分からないけどこれから少しずつお腹が大きくなっていくわ」

「???」

 

ごめん。言っている意味が全然分からん。

腹の中で育てるって何??

 

「それにしても竜治は耳がいいんだね。相当聴覚が鋭くないと胎児の心音は聞こえないよってお医者さんが言ってた。もしかして右目が見えないから代わりに聴覚が鋭くなってるのかな?」

「ど……どうなんだろう? まぁ感覚は鋭くなってると思う」

 

深海は光が届かない漆黒の世界。

だからそこに生きる生物は目を極限まで発達させるか匂いや音、振動で周囲の状況を把握する。

そして俺は視覚以外の全てを使う。

なので究極体としては視力は並程度だが、他の感覚は恐ろしいほど鋭い。

でもそんなこと言えるワケないので適当に誤魔化す。

 

「今日は鯛料理なんだって? 偶然だけどおめでたいから丁度いいじゃない。さ、皆で食べましょう!」

「ああ、縁起物なんだっけ」

「そうそう。順調にいけば来年の春に生まれる予定だ。今日はパーッと祝おう!」

 

その後父さんから「赤ちゃんはこうやって生まれてくるんだよー」と簡単に教えて貰った。

うわぁ……こんな風に育って生まれてくるの?

デジモンと全然違う。ちょっと理解が追い付かない。

けど日に日に心音は大きくなってるし、母さんの腹も膨らんできている。

正直に言うとめちゃくちゃ楽しみだ。

 

「また背が伸びた竜治くんを見かけた私が来たー!!」

 

夕飯の買い出しに行っているとオールマイトに会った。

忙しいハズだが、近くに来るとこうして様子を見に来てくれる。

……実は両親の次くらいには信用してる。

 

「久し振り。残念だが今日は母さんも父さんもいねぇぞ。健診に行ってるから」

「知っているよ。いよいよ君もお兄ちゃんか。来年の春が楽しみだね! 性別はもう分かった?」

「うん。女の子みたいだ」

「そうか。……名前はどうするのか聞いてる?」

「生まれてから考えるって言ってたぞ。……? どうした?」

 

名前の話になったらオールマイトが見たこともない表情をした。

どういう意味の表情なんだそれ。

 

「あー……うん。竜治くんしっかりしてるから竜治くんに頼んだほうがいいか」

「何を?」

「実はあの二人……常識はあるハズなのにネーミングセンスが死んでいてね。君の時もとんでもない名前を付けようとして周りにいたヒーローが全力で阻止するという伝説を作ったんだ。今回止められそうなのが竜治くんしかいない。だから二人が変な名前を付けようとしていたら全力で阻止して欲しい!」

「は?」

 

とんでもない名前って何だよ。

よく分かんねぇけど名前を付けるという概念がないデジモンの俺にそれが出来るか?

変な名前かどうかも判別出来ないかもしれねぇのに。

まぁ……判別出来たら止めるか。

 

「分かった」

「頼むよ。それじゃあね」

「ああ」

 

それから数か月後、予定日より二週間早く妹が生まれた。

俺……学校に行っていてその場面を一切見られず。

嘘だろ!?

ちょっと……いや、かなり見たかったのに!

 

「物凄くすんなり生まれてきたのよ。油断してたわ。一気に陣痛強くなるんだもの」

「ま、マジかよ……」

「竜治の時は二日陣痛に苦しんでたのにね。安産すぎて僕もビックリした」

 

「迎えに行けなくてごめんね」と謝られたが……まぁいいか。

調べた時人間の出産は命懸けだと記載があったから心配だったんだ。

見られなかったのは残念だが母さんも妹も無事ならいい。

 

「竜治抱っこする?」

「え!? そ、それは止めておく。生まれてまだ数時間だろ。流石に怖い」

「補助してあげるから大丈夫。ほら手を出して」

 

母さんが俺の手が届く位置に生まれて間もない妹を近付けた。

初めて人間の赤ちゃんを間近で見た。しわしわでちょっと猿みたいだ。

でも可愛い。

そっと手を伸ばす。

 

 

 

 

――止めろ! この子は生まれたばかりなんだ。この子は見逃してくれ!

――あそこにいるのは皆幼年期だ。だから狙わないで!

 

「ーーーーっ!!!」

 

瞬間、自分がやってきたことを思い出した。

突然顔を青褪めた俺に何事かと父さんが近寄る。

 

「どうした竜治」

「……ない」

「え?」

「俺は……その子に触れられない」

 

俺は略奪する時、あまりに邪魔をするデジモンがいれば見せしめとばかりにそのデジモンが住んでいる村や町を全滅させてきた。

その中には当然幼年期のデジモンも含まれている。

抵抗することも出来ない幼い命さえ平気で奪ってきた俺に妹に触れる資格はない。

 

「何言ってるの。大丈夫だって」

「わっ!」

 

遠ざかろうとした俺の腕に半ば無理矢理母さんが妹を乗せた。

ずしり、と命の重さがかかる。

 

「……結構、重い…な」

「これでも新生児としては小さいほうなのよ」

「そう……なのか」

 

まだ目も開いていない。本当に生まれたばかりの命。

でも生きているってハッキリ分かる。

こういう命を俺は何も考えずに奪ってきたのか……。

初めて感じる罪悪感が全身を埋め尽くす。

デジタルワールドは基本弱肉強食の世界。

強いものが絶対だ。

こことは世界の理そのものが違う。

頭では分かっているが心がついていかない。

 

「竜治大丈夫か? 何処か苦しい?」

「……感動して泣いてるんじゃなさそうね。どうして泣いてるか言える?」

 

でもこんなこと言えるワケがなく首を横に振る。

この世界に来てもう三年。

デジモンとは違う人間の豊かな感情に触れて俺も随分人間に近くなったらしい。

しんどい、悲しい……。

何も言わずにただ泣き続ける俺を父さんが抱き締める。

少しすると泣き止めたけど、罪悪感で妹の姿をまともに見られない。

どうしよう。俺お兄ちゃん出来るかな?

 

「よく分かんないけど大丈夫よ。そんなに心配しないで。あ、そうだ。竜治が来る前に名前の候補考えておいたの。竜治どれがいい?」

 

話題を変えようと母さんが名前の候補が書かれた紙を俺に手渡す。

特に何も考えずその紙を見た。

 

「(嘘だぁ)」

 

しかし見てすぐオールマイトが言ったことの意味を理解した。

何これ!?

あまりの衝撃に罪悪感が吹っ飛んだ!

 

「い、いいの一個もないぞ」

「そうか? 春生まれだからいいと思うんだけど」

「なら梅とか桜でいいだろ!」

「えー。でもよく見る名前じゃないの」

「よく見る名前でもちゃんと意味が込められていればいいだろ! これに至っては季節も花も関係ねぇ! 何だよアレキサンドラって! せめて日本人の名前にしろ!」

 

名前を付けるという概念がない俺VSネーミングセンスゼロの両親との勝負勃発である。

デジモンの俺でも速攻で分かった。

これはヤバい! キラキラネームが可愛く見える!

この二人に名前決めさせたら駄目だ!

これで妹がもし無個性だったら無個性+キラキラネームで苛められる未来しかないじゃねぇか!

オールマイト教えてくれてありがとう!

かなり不利な勝負だが絶対に負けるか!!

 

「三日に及ぶ戦いに何とか勝利して俺が命名権を得ました。妹の名前は宮瀬ゆきめです。“幸”せが“芽”吹くと書きます」

《そ、そうか。頑張ったね》

「すっげー揉めたぜ。調べまくったし、今までの人生で一番疲れた」

《でもお陰で可愛い名前になったじゃないか。今度幸芽ちゃんに会わせてくれ》

「ああ。……ところで俺の時ってどんな名前付けようとしてたんだ?」

《……ドラゴンフライとか……》

「それもう蜻蛉でいいじゃん……」

 

 

 

 

 

 

妹の幸芽が生まれて五年が経ち、俺は中学生になった。

幸芽は誕生日に無事個性が発現した。

俺のように無個性だと苛められる心配はなくなって一安心……なのだが

 

「(中身が俺で良かったな。もし宮瀬竜治のままだったら絶対に関係こじれてるだろ)」

 

幸芽は父さんと母さん両方の個性を受け継いでいたのだ。

母さんのだけならともかく、ヒーローとして活躍していた父さんの個性まで持っていたら無個性ながらヒーローを目指していた宮瀬竜治は激しく嫉妬したに違いない。

俺は全く気にしていないがな。

というか……。

 

「にーちゃん。にーちゃん。あそんであそんでー!」

 

幸芽が可愛すぎて気にならない。

顔立ちは父さん似だ。母さんには目以外あまり似ていない。

そういう俺は母さん似でよく女顔と言われてるが。

 

「じゃあ何して遊びたい?」

「おにごっこ!」

「そうか。なら公園に行くぞ」

 

この世界に来て八年。

デジモンの力は完全に復活した。

本来の姿になることも出来る。

宝玉に魔力も蓄えられるようになって魔術も使える。

人間の姿のままでも腕とか足だけ本来の姿にするとか出来るし、身体能力だけを上乗せすることも可能だ。

使ったことはないけど。

 

「あーもうつかまった」

「はい、俺の勝ち。そろそろ帰るぞ。夕飯はカレーだ」

「やった! にーちゃんがつくったの?」

「今日は母さんだ」

「えー、にーちゃんがつくったのがいい」

「母さんのも十分美味いだろ。肩車してやるから機嫌直せ」

「はーい!」

 

幸せだな。

そう思う度に昔の自分が許せなくなる。

誰かの幸せを奪い続けてきた自分が……。

あれだけ奪って殺したのに幸せだと感じていいハズない。

でも償い方なんて知らない。

あと数年もすれば宝玉に溜められる魔力が最大値まで達する。

大規模な転移術も使えるだろう。

だからそれを使ってデジタルワールドに帰って【ロイヤルナイツ】に処刑して貰った方がいいんじゃないかと思っている自分と、ここにずっといたいと思っている自分がいる。

どちらも俺の本音。

俺はどうすればいいんだろう。

一人じゃ答えが出ないのに、こんなこと誰にも相談出来ない。

苦しい胸の内を言えないのが更に苦しい。

 

 

 

 

 

 

「宮瀬。今日空いてるなら教えて欲しいことがある」

「え?」

 

そして中学二年になって俺は妙な奴にからまれるようになった。

名前は心操人使。

同じクラスではないが何故か最近話しかけてくる。

持っている個性は【洗脳】。

心操の問いかけに答えたものは洗脳スイッチが入り心操の言いなりになってしまう。

初めて聞いた時かなり強い個性だと思った。

問いかけに答えるという条件が必要だが、人を助けることが出来る個性だ。

……そう言ったのが不味かったか?

 

「無個性の俺が教えることなんかねぇぞ」

「いや、ある。これは宮瀬じゃないと駄目だ」

「意味が分からん。さっさと散れ。そしてもう話しかけんな。お前まで馬鹿にされるぞ」

 

中学生になっても変わらず無個性だと馬鹿にされる。

成績は常にトップを維持していて、運動だって個性使われなければ誰にも負けねぇ。

でもそれが気に入らないという連中が一定数いる。

本当無個性には厳しい社会だぜ。

 

「俺は、雄英のヒーロー科に行きたいんだ。でも筆記は何とかなっても実技試験は今のままじゃ厳しい。だから体の動かし方を学びたい。どんな風に鍛えたらいいかだけでも教えてくれ。宮瀬なら……純粋に体を鍛える方法知ってるだろ?」

 

確かに戦闘系の個性や異形型の個性じゃ体の動かし方が根本的に違う。

そいつらに教えを乞うたとしても参考にならないだろ。

しかしなぁ……。

 

「今言ったが俺と関わると」

「俺は馬鹿にしない。というか馬鹿にする奴がおかしいだろ。宮瀬がどれだけ苦労してるか考えもしない連中の声なんか耳に入らないよ」

 

く、苦労って……。

そんな御大層なことしてるつもりはないんだがそう見えるのか?

けど家族以外の人間にそう言われたことないから少し嬉しいかも。

 

「……今日は駄目だ。妹の迎え行かないとだから」

「そっか。次の日ならいいか?」

「今のところ予定はないな」

「じゃあ決まりだな。頼むぜ」

「最初に言っておくが俺はこういうことを誰かに教えたことがない。上手く教えられるかは分かんねぇぞ」

「そこは自分でなんとかする。けどお前変わってるな。普通俺と話す人構えるんだけど」

「だって洗脳するつもりで話しかけてないだろ。それくらい分かるさ」

「…………」

 

デジタルワールドには恐ろしく厄介な能力を持っているデジモンがわらわらいる。

瞬きをする間にノーリスクでその能力を使ったりしてくるから対峙する時は常に警戒していないといけない。

だから今心操が洗脳しようとしていないと感覚で分かる。

それを聞いて立ち尽くす心操を放って俺は幸芽の通う幼稚園に向かった。

で、翌日。

 

「体うんぬん以前に体力がねぇ。これじゃ本格的に鍛えるのは無理だな」

「うぅ……」

 

最初は受け身からと思って数回投げただけなんだがもうダウンしてら。

雄英でどんな実技試験があるかは知らねぇがこのままだと確実に落ちるな。

 

「基礎中の基礎から行くか。走り込み行くぞ。遅れてもいいから全速力で付いてこい」

「……分、かった」

「じゃあ先行ってるぜ」

「いや速!!」

 

一応加減して走ったんだが、それでも心操には速かったらしい。

10分後にはヘトヘトになった心操が地面に横たわっていた。

 

「毎日吐くまで全力で走り込みな。で終わったらしっかり食べて休むこと。それだけで体力がつく」

「お、おう……」

「一ヶ月経って折れてなかったらまた教えてやる」

「ああ……頼む」

 

早々に折れるかなーと思っていたら意外と根性があってやり遂げた。

本気でヒーロー目指してるのがよく分かる。

ということで受け身の練習再開。

 

「難しいな」

「出来るのと出来ないのじゃ全然違うぜ。致命傷を避けられるし、すぐ反撃に転じることも出来る。特にお前の個性は前線のほうが力を発揮出来るハズだ。戦闘中お前の問いかけに咄嗟に警戒し対応出来る奴のほうが少ないだろうからな。しっかり覚えておけ」

「…………」

「何だ?」

「何か……戦い慣れてるような感じの言い方だと思って」

 

戦い慣れてるどころか戦いのプロです。

やっちまったな。

家族と話す時はそういう言い方にならないのに何で!?

 

「まぁでもそれだけ学んでるってことか。どれだけ学べばそうなるんだよ。俺と同い年だろ」

「さ、さぁな……」

 

勝手に解釈してくれて助かった。

何か過大評価されている気がするが、疑問に思わないならいいか。

そんな感じで心操に体の鍛え方とかを教えていたら中三になっていた。

進路どうしよう。特に希望はないから地元の高校でいいか。

 

「宮瀬。一緒に雄英受けよう」

「は?」

 

進路希望の用紙とにらめっこしていたら心操に誘われた。

大分鍛えているんだが、筋肉が付き辛いのかパッと見はそこまで変化はない。

でも体幹はしっかりしている。そこらの雑魚に後れを取ることはない。

ちなみに中三になったら同じクラスになった。

同じクラスになったので更に話しかけてくる回数が増えたのは言うまでもない。

 

「決めてないんだろ? ならヒーロー科受けようぜ。お前なら楽勝だろ」

「何で雄英? しかもヒーロー科とか……俺はヒーローになるつもりねぇぞ」

 

つか無理だろ。

海賊にヒーローが務まるかよ。

 

「ははははは。無個性がヒーローになれるワケねぇだろ。やるだけ無駄だって。俺のほうがまだ希望あるぜ」

「そういうのは右目の光さえ失ってる宮瀬に勝ってから言いな。全てにおいて負けてるだろ」

「ぐっ……」

 

本当に過大評価してるな。

何だかんだ言いつつ心操を鍛えて一年。

そこそこ親しい間柄ではあると思う。

けど雄英を受けるつもりはない。

 

「誘うなら他の奴をあたれ。俺は帰る」

「何か用事あるのか?」

「……ああ」

 

将来も何もない俺にはちゃんとヒーローを目指している心操が眩しく見える。

カッコいいとも思う。俺にはないものを沢山持っているから。

だからこそこんな血に塗れた俺から離れて欲しいんだが……

 

「いたいた。逃げるように帰るなよ」

 

何でこんなに懐かれてるんだろ。

夕飯の買い物をするためにさっさと学校から出て商店街に来ていたらまさかの遭遇。

手に荷物持ってるし周りに人がいるから邪険に出来ねぇ……。

 

「別に逃げたワケじゃねぇよ。買い物があったから」

「ハマチ丸々一匹って……誰が捌くんだよ」

「俺だけど」

「宮瀬が!? あ、でも昔調理実習で先生を泣かせたって話あったな。料理上手なのか」

「母さんが料理教室の先生だからその影響でな」

 

あれはちょっと可哀そうなことしたな。

普通の豚汁作るだけなのに食材が色々あったから楽しくなって気が付いたら立派な懐石料理が完成していた。

先生本気で涙目になってたからそれ以降調理実習の時はやりすぎないようにしてる。

 

「お兄ちゃーん!」

「竜治ここで買い物してたのか。丁度いいから一緒に帰ろう」

 

そこに幸芽と父さんがやってきた。

父さん今日休みだったから近くの公園で遊んでいたようだ。

たまたま俺の姿を見た幸芽が追いかけてきたらしい。

 

「この子が宮瀬の妹か?」

「ああ、幸芽っていうんだ」

「初めまして! みやせゆきめ、6才です!」

「初めまして。俺は心操人使。お兄さんの同級生だ。そちらが宮瀬のお父さんでいいですか?」

「そうだよ。宮瀬魁だ。よろしくね。いやービックリしたよ。竜治に友達がいたなんて知らなかったから」

「え?」

「え?」

「ん?」

 

父さんの言葉に全員が固まった。

友達……友達?

え? そうなの?

心操って俺の友達なの?

 

「違うのか? 随分親しそうだからそう思ったんだけど」

「あー俺はそう思いたいんですけど宮瀬がそう思っていないと言いますか……」

「えー? 駄目だぞ竜治。人付き合いが苦手だからって好意的に見てくれる人を邪険にしたら」

「俺、友達ノ、基準知ラナイ」

「何で片言? 一緒にいて楽しければそれが友達でいいだろ。ごめんね。竜治無個性だからって馬鹿にされることが多いから警戒心が強くて中々心開けないんだ。でも見た感じ結構警戒心解けてるみたいだからこれからも仲良くしてあげて」

「よ、余計なこと言わなくていいよ」

 

警戒心が強いのは認めるけど、別に友達なんかいらないからほっといてくれ。

正確には友達がどんなものか知らないだけどな。

悪かったな。これが百年ボッチの弊害ですよ。

 

「……ところで貴方は【麻痺眼】の一等星ドゥーベでは? 敵窃盗団が人質を取ってアジトに立てこもった時、誰一人怪我をさせずに事件を解決したヒーローですよね?」

「あれ、知ってる? もう引退して十年は経つのに嬉しいね」

「その事件は有名ですから。そっか、だから宮瀬は戦闘とかに詳しいんだな。父親がヒーローなら納得だ」

 

違うんだけど適当に頷いておくか。

父さん話を合わせ……。

 

「僕は竜治にそういうの教えたことないよ。竜治はヒーローに興味がないからね」

 

てくれるワケないか。

合わせて欲しかったんだけど父さんも素直だからなぁ。

 

「え? じゃあ何であんなに詳しいんだ? 体術も完璧だったのに」

「……そ、れは」

「きゃああああああ!!」

 

どうやって話題を変えようか考えていたら突然悲鳴が聞こえた。

しかも普通の悲鳴じゃない。遠くから爆発音まで聞こえる。

 

「敵か!? 竜治、幸芽と人使くんと一緒に逃げなさい」

「え!? 父さんは」

「お父さんは大丈夫。安全なところまで離れたらすぐヒーローに連絡するんだ。いいね?」

「は、はい」

 

やっぱり元ヒーローだ。

何かあると即ヒーローの顔になる。

自分が戦えないということは父さん自身も分かっているから一般人を避難させるつもりなんだろう。

俺は幸芽を抱きかかえて心操と一緒に爆発音が聞こえた方とは逆方向へ走る。

 

「お父さんは?」

「父さんとは後で会えるから今は逃げ……!? 心操!!」

「え!? わっ!!」

 

それに気付いた俺は抱きかかえていた幸芽を心操に無理矢理渡して思いっきり突き飛ばした。

瞬間俺がいた場所が爆発する。

幸芽を守ることを優先したため、俺はその爆発に巻き込まれた。

 

「宮瀬!?」

「お兄ちゃん!」

「う……」

 

不味い。脚を負傷してしまった。

骨が見えるんじゃないかと思うくらい肉が裂けて血がダクダク出ている。

防御魔術を使ったけど、咄嗟だったから流石に強度が足りなかったか。

使わなかったら多分脚がなくなってるけど。

 

「待ってろ、今助ける!」

「こっちに来たら駄目だ! 地中を何かが移動してる。そいつが爆弾か何かを下から爆破させてる!」

 

反響定位(跳ね返ってきた音で周囲を把握する方法)で探ると地中に何かいるのが分かる。

そういう個性なんだろうがかなり移動速度が速い。

これはプロヒーローじゃないと対処は無理だ。

 

――ドゴオォォン!!

――ドン! ドオォォオン!

 

そいつは無差別にあちこちを爆破し始めた。

突然のことに周囲の人達は完全にパニック状態になる。

次に何処を爆破されるか分からないという恐怖がそれを更に助長させる。

 

「ほほほほ。良い感じに壊れてるねぇ。準備した甲斐があった」

「そうっすねー。ここは建物が多いのに近くにヒーロー事務所がないからねー。暴れるにはまさに最適ー」

 

周囲を探っているとこの辺りで一番高い建物の上に何かがいるのに気が付いた。

一人は昆虫のような翅がある男でもう一人は牛の角を持つ女。

会話からどうやらこの騒ぎはあいつらの仕業らしい。

 

「竜治しっかりしろ! 立てるか?」

 

俺が怪我をしたことに気付いた父さんが危険を顧みずやってきた。

治癒魔術を使えば治せるが今ここで使うことが出来ない。

 

「む、無理だ。脚が……動かせねぇ」

「酷いな。筋肉まで裂けてる。痛むだろうけど少し」

「おんやぁ……お前ドゥーベじゃね?」

「「!!!」」

 

気が付くとあの昆虫の翅を持つ男が父さんの背後にいた。

どんな昆虫の個性か分からないが動きが相当速い。

 

「ほほほほ。まさかここでボスの仇が取れるとは思わなかったよぉ。引退してから何処行ったから分からなかったからねぇ」

「ボス!? 君は」

 

――ドズ!

 

「うっ!?」

 

父さんが苦痛の表情を浮かべて倒れ込んだ。

昆虫の個性を持つ男が持っていたナイフで父さんの背中を刺した。

かなり深く刺したらしくナイフ全体が赤く染まる。

 

「と……! てめぇ!!」

「ほほほほほ、いい気味だねぇ。お前の個性のせいでボスは崩落に巻き込まれたんだ。同じ目に合わせてやるよぉ」

 

それ絶対父さんのせいじゃねぇだろ!

逆恨みもいいところだ!

てか同じ目って……まさか。

 

「ではド派手にやっておしまーい♪」

 

その合図と共に地中を移動する敵がこちらにやってきた。

道中でも建物を爆破していく。

地中から爆破され、支えがなくなった建物が崩落していく。

 

「竜治…お父さんを見捨てて逃げ、なさい……」

「……!!」

 

い、嫌だ。見捨てたくない。

でもナイフで深く刺された父さんはもう動くことが出来ない。

脚を怪我している俺じゃ父さんを運ぶことは無理だ。

どうすればいい? どうしたら……。

 

「お父さん!」

「ば、馬鹿! 行ったら駄目だ!」

 

心操の静止を振り切って幸芽がこっちにやってきた。

それを追って心操もこっちに来る。

 

――ドゴオォォオオン!!

 

今までで一番大きな爆発が起こった。

計算されていたのか周囲の建物が全部俺達のほうへ倒れてくる。

 

「ばいばいドゥーベ。あの世でボスに土下座しなぁ」

 

……駄目だ。

全員崩落に巻き込まれる。

皆死んで……。

 

 

…………。

 

 

俺は……どうなってもいい。

でも父さんと幸芽と心操は絶対に助ける!

俺は覚悟を決めた。

◆◇◆◇◆

≪宮瀬魁視点≫

瓦礫が降ってくるのがとてもゆっくりに見えた。

背中を深く刺されていてもう動けない自分では竜治も幸芽も心操くんも助けられない。

元とはいえヒーローなのに一番大切なものを守れないなんて……。

……頼む神様。

自分の命と引き換えでいいから子供達だけは助けて!

そう思った瞬間だった。

 

「アアアアアアアアアア!!」

 

竜治がまるで獣のような咆哮を上げた。

そして姿がみるみるうちに変化していく。

体が大きくなり口には鮫のような鋭い牙が生える。

皮膚が青色に変じ、後頭部から長い魚の尾が伸びる。

右手には白い刀身の剣を持ち、左腕には巨大な海老か蟹の鋏を装備していた。

完全に変態を遂げたその姿はまさに魚の亜人だ。

大きさは3mを優に超えている。

な、何だこの姿。

変形型の個性? にしては姿が異質すぎる。

というかそもそも竜治は個性を持っていない。

何が起こって……。

変化した竜治は僕達に覆い被さると右手を動かして何かの陣を描き始めた。

見たこともない文字と模様。

描かれた陣が光ると僕達と同じく建物の崩落に巻き込まれそうになっている人達の体が光って薄い膜のようなものが体を覆った。

何を? そう考える間もなく僕達は建物の下敷きになる。

しかし……何ともない。

瓦礫でよく見えないが、幸芽も心操くんも無事だ。

姿が変わった竜治が僕達を身を挺して守っている。

 

「宮瀬……?」

「……耳塞げ。加減はするが近いから鼓膜破けるぞ」

 

鼓膜が破ける? どういうことだ?

とりあえず言うことを聞いて全員が耳を塞ぐ。

すると竜治は全身に電気を纏った。

その電気が左腕の鋏に集中する。

 

「【リアクターディスチャージ】」

 

――ドゴオォォォオオン!!

 

鋏から電気の塊が発射され周囲の瓦礫が吹き飛んだ。

凄まじい爆音。その爆音に違わぬ威力。

半径100m内の瓦礫が全てなくなっていた。

これは確かに耳塞いでいなかったら鼓膜が破れる。

でも僕達を含め誰も傷付いていない。

瓦礫の下敷きになった他の人達も竜治が纏わせた膜が守っていて無傷だ。

どうやらあの膜はシールドのようなものらしい。

 

「よくも父さんを……」

 

突然の出来事にぽかんとしている敵。

何が起こったのか分かっていない。

そんな敵を竜治が睨みつけた。

また電気を纏うと今度はそれが右手に持っている剣に集中する。

 

「【ブリューナストライク】」

 

――バチィィイン!

 

雷鳴が轟いたと思った瞬間、雷が落ちるような速度で竜治が駆け抜け虫の個性を持つ敵の背にある翅を全て斬り落とした。

いや、翅だけではない。背中もざっくり斬られている。

恐ろしい速度の攻撃に敵が地面へと落下した。

 

「ぎゃああ!! い、いてぇ……いてぇ!! どんな速度だよぉ! 全然見えなかったぞぉ!」

「ガアアアアア!!」

 

痛みで悶える敵に追撃を加えようと竜治がすぐさま体を反転させる。

あっという間に倒れている虫の敵の前に立った。

3mは超えている巨体なのにとんでもない速度だ。

 

「ちょっ! 何なんだこの魚……リーダーから離れろー!」

 

吹っ飛ばすためだろう、牛の角を持つ敵が猛スピードで竜治に突っ込む。

しかし後ろから突進したにも関わらず。

 

――ガシッ!

 

「は?」

 

あっさりと竜治は敵の頭を掴んで倒壊していない建物に向かい放り投げた。

かなりの力で投げたのか敵は完全に気絶している。

 

「嘘だろぉ!? 一撃かよぉ!! くっそ……やっちまえぇ!!」

 

虫の敵が叫ぶと再び爆発が始まった。

下からの攻撃で竜治を倒すつもりらしい。

何処にいるのか分からないのに格好の的になる。

 

――ダンッ!!

 

竜治君は地面に剣を突き刺すと地面に向かい放電した。

かなりの電流だ。まさか電気まで操れるのか?

一体いくつの個性が発現している!?

 

「いぎぃああああああ!!」

 

電流に耐え切れず地中にいた敵が飛び出してきた。

手がモグラのようになっている。あれで地中を移動していたらしい。

背に大量の爆弾を抱えている。全て爆発したら危険だ。

地面から飛び出た敵に近付くと顎を剣の峰の部分で殴り気絶させた。

気絶させるとさっきの牛の敵同様建物に放り投げた。

その目はもう虫の敵に向いている。

 

「ちょっと待て。まさか宮瀬あの敵殺すつもりなんじゃ……」

「え?」

 

刺された僕の止血をしている心操くんが呟いた。

言われてよく見ると竜治の目は狂気に染まっている。

明らかに正気じゃない。

まさか個性が急に発現して暴走状態になっているのか?

 

「ひっ!? わ、悪かったぁ! もうドゥーベを狙わねぇし、こういうことしねぇから……だから許してぇ!!」

 

あまりの圧倒的な力。威圧感に加えてその異質の姿に敵が完全に怖気づい命乞いをしている。

もう……もう十分だ。だから止めろ。

それ以上は……!

竜治が剣を敵へと向ける。

 

――バキイィン!!

 

突如何かの力に吹っ飛ばされて竜治が倒れた。

 

「もう大丈夫だ。私が来た!!」

 

竜治を倒したのはまさかのオールマイトだった。

何故ここに? た、多分たまたまだと思うけど助かった。

オールマイトの攻撃をまともにくらって動けるハズないからこれで竜治は大丈夫だ。

 

「背中に怪我をしているな。すぐにヒーローが到着するから治療して貰うといい!」

「へ? ひゃ……はい」

 

いや、オールマイトそいつ敵なんですよ。

竜治の姿が姿だから狙われていた方を市民だと勘違いしてるな。

 

「グルルルル……」

 

しかしホッとしたのも束の間、まるで地鳴りのような唸り声が聞こえた。

竜治がゆっくりと起き上がった。

嘘だろ……。

顔の装甲に少し罅が入っているけどダメージになってないのか?

 

「随分と頑丈のようだな。というか……異形型の個性? え? 何この姿。見たことないけど」

「ガアアアアア!!」

 

竜治がオールマイトに剣を振るう。

やっぱり正気じゃない。

何だかんだいいつつ竜治はオールマイトを信用していた。

にも係わらずその攻撃に一切の迷いがない。

竜治の攻撃を避けたオールマイトが連撃を叩きこむ。

 

「効かないワケではないのだろう!? ならダメージを蓄積させればいいだけだ!!」

 

凄まじいスピードで動き竜治に反撃の隙を与えない。

あれだけオールマイトの攻撃を受けたらどんな敵でも体が持たないが、今の姿だと相当頑丈だ。

けどこのままじゃ……。

 

「や……止めてオールマイト! お兄ちゃんをきずつけないで!」

「何!?」

 

幸芽の声でオールマイトがこちらに気付いた。

一瞬気がそれたオールマイトに竜治が左腕の鋏で殴りかかる。

攻撃を受けたオールマイトだがすぐに体勢を立て直してこちらにやってきた。

 

「ドゥーベ無事か!?」

「かなり深く刺されて動けませんけど、重要な臓器は傷付いていないみたいなのでとりあえず……」

「そうか。それであれが竜治くん……なのか?」

「はい。この目で、姿が変わるところを見ま…した。あの魚人が竜治です」

「うん。お兄ちゃんがゆきめたちを守ってくれたの」

「だが竜治くんは個性を持っていなかっただろう?」

「多分ですけど急に発現したので宮瀬本人にも何が起こったのか分かっていないんじゃないかと。それで興奮状態になって個性が暴走しているんだと思います」

「その可能性が高そうだ。何にせよ早く止めなければならない」

 

個性の暴走は非常に危険だ。

体力を著しく消耗するから最悪命を落としてしまう。

早く止めないといけない。

それには幸芽の個性が必要だ。

 

「幸芽、お兄ちゃんを助けたいなら……個性を使って」

「え?」

「お兄ちゃんの体を麻痺させて動きを止めるんだ。そして皆で…お兄ちゃんに呼び掛ける。それで止まる……かもしれない」

 

【麻痺眼】は両目でかつ裸眼で5秒間見続けた相手の体を2分間麻痺させる個性。

聞くだけだと簡単だがかなりコツがいる。

一朝一夕で使えるものじゃない。

でも確実に動きを止めるには使うしかない。

 

「わ、わかった」

「大丈夫…。オールマイトもいるから、しっかりね。心操くんも頼む。一人でも多くの声が……必要だ」

「分かりました」

「オオオオオオオオ!!」

 

竜治がこちらに向かってくる。

あの姿でしかも暴走状態の竜治が迫ってくるのは幼い幸芽には相当恐ろしいだろう。

でも幸芽は自分がやるべきことだと理解している。

 

「【麻痺眼】!」

「!!??」

 

“個性”が発動し、竜治の体が麻痺した。

だけど完全に麻痺しておらず少しずつ動いている。

幸芽は個性を使う練習をして間もないから無理ない。

オールマイトが竜治の首を掴んで完全に動きを止める。

 

「竜治くん! もう敵はいない! だから止まるんだ! 竜治くん!!」

「宮瀬!!」

「竜、治……」

「グウウウウウウ!!」

 

正気に戻れ竜治。

でないと死んでしまう。

もっと大きな声で……傷が痛むがそんなことどうでもいい。

父として、絶対に竜治を止める!

 

「止まれ、竜治!!」

「お兄ちゃん!!」

 

 

「―――っ!!」

 

フッと竜治の目から狂気が消えた。

体の力が抜けて持っていた剣が地面に落ちる。

 

「……あ、れ?」

 

さっきまで唸るか、吼えるだけだった竜治の口から人の言葉が発せられる。

正気に戻った……か?

 

「よし、竜治くん私が分かるかな?」

「……え? オール、マイト」

「ああ、そうだ。もう大丈夫だね」

「…………」

 

正気に戻った竜治は茫然としている。

暴走状態の記憶はなさそうだけど良かった。

 

「あっ! と、父さんは?」

「傷は深いが出血はそこまでではない。すぐ私が病院へ運んで……おい竜治くん!?」

 

正気に戻った竜治がこちらへやってきた。

オールマイトの攻撃を受けているから所々内出血しているが割と平気そうに動いてるな。

 

「父さん……」

「大丈夫……だよ。動けないけど、心配するな」

 

本当は今思いっきり叫んだのもあってヤバいくらい痛いけど気力で耐える。

すると竜治が手をかざした。

その手からさっきとは違う文字や模様が描かれた複雑な陣が展開された。

今度は何を? と思ったけど痛みがなくなっていくことに気が付いた。

1分もしないうちに痛みは完全に消えた。

 

「え? え……ええ!?」

「ま、マジか!? 傷が治った!!」

「違和感あるか? 自分以外に治癒の術使ったことないから加減が分からなくて」

「い、いいや全然……嘘だろ? まさか治癒の個性まで」

 

治癒の個性はかなり珍しい。

しかもこの傷の治り方ならその中でも更に希少だ。

以前リカバリーガールに治して貰った時のように体力が減る感覚もないとか……一体どんな複合個性なんだ!?

 

「お待たせしました。後は私達に任せて下さい!」

 

傷が治ったのと同時にこの地区担当のヒーローがやってきた。

オールマイトの指示で瓦礫の下敷きになった人達の救助と敵の捕縛に取り掛かる。

しかし瓦礫の下敷きになったのに軽傷で、更に不思議な膜に守られている市民に驚いている。

 

「その守りは瓦礫と衝撃を弾くものだ。人間は弾かないから怖がらなくていい。後20分くらい効果は持つ」

「だ、そうだ。安心して作業を進めてくれ。あっ、彼は私の知り合いだ。怖がらなくていい」

「は、はい」

「あれも君の個性か? 凄いな。こんな個性見たことがない。もしかして今まで個性が発現しなかったのは体が耐えられなかったからかな?」

「…………」

「竜治くん?」

「違う。これは個性じゃな…………うぐっ!?」

 

何かを言いかけたが竜治だが突然苦しみ出した。

体を押さえてうずくまり、痛みに耐えているのか歯を食いしばる。

 

「竜治くんどうした!?」

「竜治!?」

「おい宮瀬!」

「お兄ちゃん!」

「あああああああああああ!!」

 

悲痛な声を上げながら竜治は人の姿に戻った。

その体にはオールマイトから受けた傷だけではなく何かで焼かれたような傷が出来ていた。

人の姿に戻った時裸だったから否が応でも見える。

心操くんが学ランを脱いで全裸の竜治に被せた。

 

「宮瀬とりあえずこれ着とけ。宮瀬を早く病院に!」

「誰か担架を。動くことが出来ないみたいだから」

「お兄ちゃんだいじょーぶ? お兄ちゃん!」

「……っ!!」

 

余程痛むのか竜治は言葉を発するどころか身動きすら取れていない。

強力な個性を使った反動か?

ならもっと早く症状が出ているハズだ。

とにかく今は病院だ。

痛みの原因を早く取り除いてやらないと!

 

 

 

 

 

 

敵襲撃から数時間が経った。

僕の傷は治癒が完璧だったからもう平気だし、竜治もまだ眠っているけど命に別状はない。

幸芽と心操くんはほぼ無傷だったし、建物の崩落に巻き込まれた人達も多少怪我をしているが命を落としたものはいない。

あれだけの被害だったのに死亡者がいなかったのはまさに奇跡。

それを成し遂げたのは間違いなく竜治だ。

しかし……。

 

「(本当にあの力は何なんだ? しかも検査結果によると竜治は無個性のままだそうだ。苦しむ直前確かに個性じゃないと言いかけてみたいだし)」

 

竜治が苦しみ出した原因も謎だし、あの焼かれたような傷も何故ついたのか分からない。

調べても分からない以上竜治に直接訊くしかないか。

 

「もう平気なのかドゥーベ」

 

うんうん考えているとオールマイトがやってきた。

どうやら事後処理を終えたらしい。

 

「少し貧血気味ではありますが竜治が治してくれたのでもう大丈夫です。それより助けて下さってありがとうございました」

「私は何もしていないよ。敵を戦闘不能にさせたのも市民を救ったのもドゥーベの傷を治したのもやったのは全部竜治くんだからね」

「ですが暴走状態に陥っていた竜治を止めるにはオールマイトの力がなければ不可能でした。本当に感謝しています」

 

オールマイトが来てくれていなければ竜治はどうなっていたのか分からない。

もしかしたら敵と認定されていたかもしれない。

またオールマイトに恩が出来ちゃったな。

 

「貴方竜治が目を覚ましたわ。あらオールマイトも。良ければオールマイトもどうぞ」

 

病室から志乃が顔を出し、竜治が目を覚ましたことを告げる。

オールマイトと一緒に病室へ入ると起き上がっている竜治がいた。

だがその目は刑の執行を待つ敵のように生気を感じないものだった。

暴走してしまったとはいえ大活躍だったのに何故そんな目をする?

嫌な予感がするな。

 

「お母さん。幸芽を別の場所に連れて行ってくれない?」

「分かったわ」

 

話の内容によってはまだ6歳の子供に聞かせられるようなものではないかもしれないからね。

志乃が幸芽を連れて一旦病室から出る。

幸芽を看護師に預けると戻ってきた。

ちなみに心操くんは親御さんが迎えに来たので今ここにはいない。

かなり竜治を心配していたから後で無事だと連絡してあげないと。

 

「竜治、個性が発現したんですってね。ちょっと怖かったけどカッコよかったって幸芽が言っていたわ」

「うん。かなり厳つい姿だったけどカッコよかったよ。一言で言い表すなら魚の亜人って姿だった」

「うむ。異形型にしても変形型にしても見たことがない姿だったな」

「そうなの。お母さんも見たいわ」

「…………」

 

僕達がそう言っても竜治の表情は冴えない。

むしろどんどん顔色が悪くなっていく。

早いうちに訊いたほうが良さそうだな。

 

「竜治。あの姿は個性ではないね。検査の結果、足の小指に関節が二つある。つまり無個性のままだと医師が言っていた」

「「え!?」」

「……!!」

 

竜治が驚いて僕の顔を見る。

やはり個性じゃないことは間違いなさそうだ。

 

「そして初めてあの力が発現したワケでもない。技の使い方、テクニック。体の動かし方も素人のものではなかった。僕から見てかなり戦い慣れているように感じた」

「…………」

「竜治。あの力は一体何なんだ? 怒らないから話してくれない?」

 

病室に冷たい空気が流れる。

誰も動けない。

その冷たい空気を破ったのはすっかり顔の青褪めた竜治だった。

 

「俺は……宮瀬竜治じゃ……ない」

 

震える唇でゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

全てを諦めたような口調で竜治は衝撃的な事実を口にした。

 

「俺の本当の名前はレガレクスモン。こことは違う別の世界で《深海の覇者》と呼ばれ恐れられた海賊だ」


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